フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

タンタロスのブドウ

それが良きものであることを認めつつ、それが自分には手に入らないということを噛みしめるならば、その人はタンタロスの苦しみを受けることになる。これはとんでもないストレスだ。してみれば、自分の手に入らないものを叩く人たちを軽々しく酸っぱいブドウだのと揶揄するのは、その人にそのようなストレスを受けろと言っているも同然だ。そういうわけで、俺は多少見ていて不愉快な言論であろうとも、それを「酸っぱいブドウ」だと言って叩くのにはどうも二の足を踏んでしまう。不運が度重なり、餓えた挙句にパンを盗んだ人を無邪気に盗人だと言って糾弾できないのと同じだ。