フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

百舌勘定

ノーベル賞を受賞した先生に倣って「研究に金をかけないとは何事だ!」と憤った物言いをよく目にするが、そのために多少の増税を我慢するとか、自分ができる限りで寄付をするとか誰も言わねえのな。意図的に金の話を避けてるんじゃないかというくらいにそこんとこにはノータッチだ。

結局は誰も口は出すが銭は出さない、出すとすれば自分以外の誰かだと当て込んでいるんだ。

 

じゃあ俺はどうだって? 前の前の記事でも書いたように、納得できることなら税金という形ででも多少の銭を出してもいいと思ってる。少なくとも文句を言うだけで空から金が降ってくると思ってる奴らとは違うつもりだ。