フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

「権力欲」って何さ

世間一般で言われる「権力欲」というものがよく分からない。

権力は基本的に自分の望むことをできる力であって、それ自体は道具にすぎない。やりたいことがあってそのために権力を望む人が持っているのはその欲求の対象への欲であって、権力そのものではないし、他にも実現手段があれば権力である必要がない。例えば、「好みの女を片っ端からモノにしたい。だから権力が欲しい」という人がいたとすれば、その願いの実現手段としては権力じゃなくても美形の顔だったり巧みな話術でもいいはずだし、権力より美形の顔のほうが対費用効果が高いとすれば、そちらを選ぶんじゃなかろうか。

逆に「別にやりたいことはないけど権力が欲しいです」なんて人は「欲しいものや将来への不安はないけど金が欲しいです」という人と同じくらいに想像しにくいし、求める理由がないものを求めるというのは矛盾している。

そういうわけだから俺は世間一般で言われる「権力欲」と言う言葉で指示されているものがよく分からないわけだ。権力はそれ自体には求める理由がないが、ある欲求達成のための道具としてならば求められる。だが、その場合に本当に求められているのは権力ではなくなってしまう。だから権力欲というものは捉えどころがない。

多分この「権力欲」の不分明さはそれが他称(というか他称の「権力欲」は百パー悪口)ではなく、権力欲が強いと自任する人が自分の持つ欲望について語ろうとしないことに原因があるのではないかと思う。批判的な意見だけで事の真相に迫ることなんて到底出来っこないんだ。

誰かいねえかな、そんな自分の権力欲について流暢に語ってくれる奇特な人。