フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

政治家のことを「権力者」と呼ぶことへの違和感

政治家のことを「権力者」と呼ぶのにどうも違和感を覚える。

まずもって言えば、非民主的でフツーの人たちが政治にタッチすることができないような国でない限り、政治家、具体的には議員や大臣っていう人たちなんて選挙を通して我ら一般ピーポーが選んでやってるわけだ。でも、「権力者」という言葉を使う人たちのの物言いにはそういう「俺たちが選んでやった奴」っていう感じが希薄で、どうも政治家を自分たちとは隔絶した、自分たちがタッチできない雲の上の人とみなしているっていう感じがする。つまるところ当事者感が欠如していているわけだ。

これが長らく国家権力が武士やら貴族なんかの一部の人たちの独占物だった時代の残滓なのか、はたまた政府を「お上」とみなす古き悪しき意識なのか知らないけど、こういう意識がどうにかこうにか薄まらない限りは「国民主権」やら「民主主義」なんていう御大層な理念を云々言われても空々しく感じてしまうね。