フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

永遠の相の下に

たまにさぁ、自分の子供を「自分の生きた証」って言うじゃない。

でもさあ、自分が死んで子供が残り、そしてさらにその子供がまた新たな子供を作り、という風になっていき、数百年たてば、その人の名前すら知る者はいなくなってしまう。誰もこの人が何を考えながらどう来たのか、それどころかそんな人がいたことすら知らないのだ。ただ残っているのは名無しの権兵衛の遺伝子情報のみだ。

そんなに希釈された自己の残滓すら「この俺! 俺の生きた証!」と考えるのは、俺にはとてもできない。