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フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

抜き書きの在庫放出その2

テオファネス年代記からの抜き書き

誤字脱字はそのまま


アルカディウスの治世五年目(AD398/9)
「アルカディウス帝はコンスタンティノープルに自身の兵団を創設し、アルカディアキ(Arcadiaci)と呼んだ」。

ササン朝の不死隊(AD425/6)

「ローマ軍は残りの全員を包囲し、彼らからそう呼ばれていたところの不死隊10000人を含む全員を将軍もろとも皆殺しにした」。

単性論者であるコンスタンティノープル総主教ネストリウスの肉声(AD430/1)

「何人たりともマリアを神の母と呼ぶべきではない。というのもマリアは人間であり、神が人間から生まれるなどというのはできないからだ」。

失敗に終わったアフリカ遠征とアッティラとの戦争
AM448/9
「同じ年、ヴァンダル人のうちで有力になったギゼリクは 陸海とローマ人に朝納していた多くの島の支配権を得た後に自らを王と称した。テオドシオスはこれを嘆き、アレオビンドス、アンシラス、イノビンドス、アリンテオス、そしてゲルマノスといった将軍たちに指揮されたローマ陸軍を乗せた1100隻の輸送船を送り出した〔441年〕。この軍勢がシケリアに投錨する とギゼリクは恐怖してテオドシオスに協定を話し合う使節を送った」。
AD449/450
「我々が述べたように、ギゼリクの使節と皇帝が来るの到来を艦隊がシケリアで待っていた時、アッティラトラキアを席巻した。彼はムンディオスの息子で、スキュティア人で、勇敢で尊大な男であり、兄ブデ ラスを片づけた後に彼らがフン族と呼ぶスキュティア人の帝国の単独支配者になった。テオドシオスがギゼリクと協定を結んで艦隊をシケリアから引き上げたの はとりわけ彼のおかげだった。彼は、ラティアリア、ナイソス、フィリップポリス、アルカディウポリス、コンスタンティア及び非常に他の多くの町を服属させ て大量の戦利品で多数の捕虜を集めていたアッティラに向けてアスパル並びにアレオビンドスとアルガギスクロスを軍と共に送り出した。将軍たちは戦いで完膚 なきまでに破れた後、アッティラは両方の海、つまりポントスとカリポリスとセストスから流れ出る海へと進んで、ハドリアノポリスと、一時はペイリントスと 呼ばれていたヘラクレイアを除くあらゆる都市を隷属させ、かくしてアテュラスそのものあたりまでやってきた。かくしてテオドシオスはアッティラに使節を 送って6000ポンドの金を彼の撤退を確約するために提供し、さらに彼と平和を保つために1000ポンドの金を年貢として支払うことに同意せざるを得なくなった」。

 

アフリカ遠征の中止とアスパルの殺害
AD471/2
「この年にレオ 帝はギゼリクに対して前執政官の息子、エデッサのヘラクレイオス、イサウリア人マルソスといった両者共に精力的な男たちをエジプト、テバイド、そして砂漠から来た軍をつけて送った。奇襲でヴァンダル軍を破った後、彼はトリポリスとリビュアの他の多くの都市を取り戻し、バシリスコスの艦隊がした以上にギゼリ クを悩ませたため、彼はレオ帝に講和のために使節を送る準備をした。これはアスパルに対する陰謀のためにその時にバシリスコス、ヘラクレイオス、そしてマ ルソスを必要としていたレオによって容れられた。というのもアスパルは私が既に述べたように皇帝から嫌疑をかけられ、強大な権勢を振るっていたため、アル ダブリオスとアスパルの支持を保つために以前に副帝に任じられていたパトリキウスといった息子たちともども、皇帝によってまもなく騙し討ちで殺された」。