フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

なぜ俺は共和制ローマが好きではないのか

今日、ポリュビオスの『歴史』を読み終わった。

そこでなんとなく、自分が共和制時代のローマが好きではなく、むしろ帝政期のローマのほうが好きな理由が分かった。

結論から言えば、それは共和制時代のローマには魅力的な敵がワンサカいて、心情的に敵の側を応援してしまうが、帝政期はさほど魅力的な敵がいないからだ。

知勇兼備、そして見事な才覚を持ったハンニバルやフィリッポス5世。

お間抜けなところもあるが、きらりと光るものを持ったピュロスやアンティオコス3世。

不屈の闘志で最後まで諦めずに戦いながらも圧倒的な力の差の前に敗れ去ったミトリダテス6世やウェルキンゲトリクス

タイプは違えどいずれも素敵な男たちだ。彼らのほとんどが知略を尽くした末に、あるいは魔がさしたとしか言いようのないへまをやらかした末に悲劇の英雄顔負けの末路を遂げたのも、いや、それどころかつまらない死に方であればなおさら、その記録を読む人たちに彼らへの温かい同情と共感を掻き立ててくれる。人間、勝って当然のチャンピオンより、そんなチャンピオンに一泡吹かせたものの敗れ去ったチャレンジャーのほうに好意を向けるものだ。

一方で帝政期の敵といえばパルティア、ササン朝ペルシア、ゲルマン人あたりだけど、それらの勢力の中の誰かが胸のすくような勝利と共感を呼ぶような敗北をローマから引き出した例を俺は思いつかない。地中海を制覇した覇者ローマにオリエントの大国のパルティア・ペルシアが己の全てを賭けた一大決戦を挑むことはなく、せいぜい国境線を押したり引いたりが関の山。無辜の人民を襲って狼藉を働く武装ホームレスのゲルマン人に俺は嫌悪しか感じられないし、むしろそんな奴らをコテンパンにするローマの皇帝たちにこそ好意を感じる。

そんなわけで、共和制ローマの魅力が魅力的な敵たちに劣ったがゆえに共和制ローマにあまり魅力を感じないというのが、自分の共和制ローマに魅力を感じない理由だということに気付いたという次第。