フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

さーて大上段から人生について語るかな

歴史的出来事について、後知恵で批評するのはよくないと言われたりする。それはなぜかというに、その時代の人々は後世の人たちよりも遥かに乏しい情報しかなく、自分たちの行動がどんな結果をもたらすのかまだ分からないなか、暗中模索で物事を進め、そしてその時々に限られた情報に基づいて判断し、最善と思える手を打っていたからだといわれる。

思うに、これと同じことは個々人の人生についても言えるんじゃないかと思う。以前の俺は過去を振り返って「あの時期、あの時、ああしていればもっといい結果が得られたのに」と思うことが多々あった。でも、いつの間にやら、「当時の俺の決断は今から思えばアホなものだったが、それは当時の自分が手持ちの知識に基づいて考え、判断した限りの最善の決断だった以上、同じ条件で過去をやり直したところで結果はさして変わらないし、今よりもはるかにうまくいくことはないだろうと考えるようになってきた。

で、こう考えるようになってからは人生を悔やんで落ち込む度合いが減ったし、こころなしか気分が楽になってきた気がする。

 

オチ? んなもんありませにょ。