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フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

ハードディスクの中を整理してたら過去の読書メモやら抜き書きとか結構出てきた。使い道がなさそうなものにいつまでもハードディスクの一角を占めさせるのも嫌なので、そのうちの一つ二つを備忘録を兼ねて貼ってみる。

 

「だが、野心を持つことは、それほど非難すべきことであろうか。助教授になれば教授の座を狙うのは当たり前の話であり、政治を志す男が大臣を、総理大臣を望むのも当たり前であろう。もしも、このような気持ちをいだかない者がいれば、その男は、自らの限界を知って非現実的な望みを持たない利口者か、それとも、自分の無能を、なにやら高尚な理想で隠したがる卑怯者だ。私心を持たないと高言する理想主義者が、いかに人類に害を与えたかは、歴史が多くの実例をあげて証明してくれる。私は、これらの偽善者よりも、野心家のほうがずっと害が少ないと思っている。いや、人間性を眺めれば、野心をいだくほうがよほど自然的だと思う」(塩野七生『思いの軌跡 1975-2012』「ティベリウス帝の肖像」, p. 170)。

「毒を持たない男など、結婚相手には適していても、小説の主人公ともなれば、迫力からして欠けるではないか。まして、現代の経営者の御手本でもあるかのように書かれたものにいたっては、こちらを読む気にもさせてくれない」(前掲書, 「信長の悪魔的な魅力」, p. 254)。