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フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

自衛官を馬鹿にしすぎ

最近集団的自衛権を認めれば徴兵制になるっていう意見をよく聞くので、どうして国家の権利云々と兵士のリクルート法とが関係するんだろうと思って少し調べてみたところ、そういう主張をする人はおおむね

集団的自衛権を容認→死ぬリスクが大きくなるので自衛官の希望者激減→自衛官不足→無理矢理にでも頭数を確保する必要に迫られる→徴兵制施行

という風に考えているみたい。

でさ、俺は思ったのよ。これって自衛官をすんげえ馬鹿にしてんじゃねえのかって。

集団的自衛権を容認→死ぬリスクが大きくなるので自衛官の希望者激減」っていうのは逆に言えば、世の自衛官たちは死ぬリスクが少ないから自衛官なんてやっていて、死ぬリスクが大きくなれば辞めていったり、したがらなくなるってことだよね。でも、常識的に考えて、たとえ現行の状況であろうとも、自衛官を志望するならば、万に一つとはいえ、たとえば救助のために派遣された災害地で土砂崩れに遭ったり、人道支援のために派遣された政情不安国で敵軍に間違えられて爆弾を投げ込まれたり、なんらかのアクシデントで殉職することは十分予想できるはずだし、多かれ少なかれ殉職の可能性を考えるのが普通じゃないの? これは営業マンになるって人が取引先に頭を下げることを想定したり、プログラマーになろうとする人が目が悪くなるのを織り込んだうえでなろうとするのと同じで、そういった職に就くならば当然考えて然るべきことだよ。自衛官はその程度のことすら考えられないと想定するのはいくらなんでも自衛官を馬鹿にしすぎ。

さらに、「死ぬリスクが大きくなるので自衛官の希望者激減→自衛官不足→無理矢理にでも頭数を確保する必要に迫られる」という推論についてもツッコミたい。警察官や消防士などは自衛官と同じように死と隣り合わせの危険な仕事であることは誰もが知っているはずだけど、俺は今の今まで「危険さのおかげで警察官や消防士が足りない。だから徴警察官制、徴消防士制を敷くべきだ」なんていう主張を聞いたことがない。なのに自衛官不足は徴兵制を導くと主張するのは、まるで警察官や消防士は殉職の危険をものともしない勇敢な人たちである一方で、自衛官だけが殉職の危険にたじろぐ臆病者だと言っているようなもんじゃないのか。自衛官を舐めすぎ。

そういうわけで、集団的自衛権を認めれば徴兵制になるという主張には自衛官への蔑視の感情が暗に含まれているように思うんだけど、どうだろうか。