フィロティモス偸生記

καθεύδειν αὐτὸν οὐκ ἐῴη τὸ τοῦ Μιλτιάδου τρόπαιον.

はてブの見ず知らずの人のコメントに噛みつくコーナー!

はてなブックマーク - 都議会ヤジの問題で大はしゃぎする人たちが軽すぎて、頭痛が痛い。(中嶋 よしふみ) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

この記事、俺はなかなかいいことを書いているなあ、と思ったんだけど、はてブのコメントを見てみると、なぜだか猛烈な批判(というより体感的には「非難」の方が適当だと思う)を浴びせられている。

で、とりわけ「うわぁ…」と思ったのが、「考えるきっかけになればいい」とか「外堀を埋めてくのも大事」とか「まずはこういう大炎上で日本の性差別を目に見える形にする事で性差別する上司達の意識を変えるのも大事なのでは」とか「祭りをきっかけに少しずつでも認識が変われば良い」みたいに、自分は何もしないけど、どこかの誰かがうまくやってくれるだろうという感じのコメントが多かったこと。

この記事を読めば理解できるだろうけどさ、これってまさにこの記事が嘆いていることそのものだよね? それで変わったためしがないから、この著者はこんな記事を書いてるんじゃないの?

余談ながら、このテのコメントを読んでいて俺は滋賀電車内駅構内連続強姦事件 - Wikipediaを思い出した。

 

あと、この記事でとして挙げられている社長に抗議しろっていうのを文字通りに捉えている人が多すぎる。

もちろん、実際には上で書いたような上司を問い詰めるとか社長に猛抗議を出来る人はいないだろうし、そういう事をやれと煽りたいわけではない。各々が出来る範囲で出来ることをやれば良いだけだ。

と書かれているにもかかわらず、「正論なんだけど、考え方がまったく違う上司に意見して変わるなら苦労しないわ」とか、「正義のためとはいえ社長に意見はできないだろうし」とかいうコメントがある。別に分からず屋の上司や社長に直談判するんじゃなくとも、「各々が出来る範囲で出来ること」として差別的な言動が目立つ同僚や後輩をやんわりと諭すとか、自分が人の上に立つ立場になった時に(そうある人は明日からでも)公正に振る舞うとか、思いつかないのかなあ?

もちろん、そうでないコメントもありはするけど、国語のテストだったらこいつらみんな落第確実の読解力だわ。良かったなあ、これがテストじゃなくて!